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トタン張りの家 byひろピー
とあるテレビ番組見てたら、子供の食事についてアンケートしてて、特に朝食に関心を持ってるみたいだったが、見ててオドロイタ。

ロールケーキにたこ焼き・・・え?朝メシだろ?!

朝っぱらから家族全員で、たこ焼き焼くなんて家庭があったら、それはそれで楽しそうだが(笑)ンなワケはない。
とりあえず、食べないよりゃマシだから買ってきたモンを並べてるっつー感じ。

そんなテレビ見ながら、今どきはそういうの当たり前なんかしらン・・・とか思いつつ、手前ェのガキの時分・・・もっと云やァ、母さんの事を思い出してた。

当時、ウチの毎日は母さんがごはん炊く準備した後、ヤクルトの配達に行く(ヤクルトおばさんだったのよね)。
正確な時間はワカランが、かなり早い時間には違いない。

帰ってきて朝食の準備が出来上がってから、オレら兄弟は起こされ、もう全部ちゃぶ台に並んでる朝食をオレらは「眠い~」とか云いつつ食べる。

メニュー的には、たいがい味噌汁に納豆、それに漬物よね。んで焼き魚があったり、まぁ典型的な日本の食卓かな。

冷凍食品なんぞないから全部、朝から母さんが作ってるワケよね。

早起きした母さんは、オレらを送り出した後のんびり昼寝・・・なワケはなく、また仕事に行く。
んでオレらが帰る頃、夕方4時頃かな。
帰宅した母さんは、夕食の支度をしながら風呂沸かしたり、洗濯したり・・・。

一通り家事を終えて、ゆっくり一息・・・かと思えば、さにあらず。
夜は内職があるのだ。
オレも手伝う事があったから、よく憶えてる。

夜9時くらいにはオレらは寝ちまうから、多分そこから一時間くらいテレビ見て、ってのが唯一の娯楽だったんではなかろうか。

そして、また夜が明ければいつもの一日が始まる・・・。

この頃、母さんナントまだ20代。
まだまだ遊びたい盛りの頃よね?

今でも忘れらんない事がある。

ある日の夕食の時、母さんは食べずに炊飯器の横に座ってるだけなんである。

「お母さん食べないの?」「お母さんはいいから、お前達食べて」(←実際は宮崎弁)

この時、ウチはハンパねぇ貧乏なんだ、と子供心に自覚した。

金なんぞないはずなのに、オレが本好きだったから、本買うためにはちゃんと小遣いくれてた。
オレは不自由だと思った事はない。

逆に云えば、そのための働き詰めだったのかな、と。
今にして思えば。

別に美談でも何でもなく、当時はどの家庭でも似たようなモンじゃなかったろうか。
まぁ他の家庭はどんどん家建てたりして、長屋から抜け出て行ったが、ウチは延々とこういう生活だった。

そんな中で、オレにとっては思い出すたび、陽だまりに包まれてるかのような気分になる思い出がある。

たまに日曜とか、母さんが家にいると、決まって「弘志おいで!」と、母さんの膝に寝かされるの。
オレの耳掃除が始まるワケだ。

耳かきすらウチにはなくて、母さんが頭に付けてるヘアピンでやられるんだけど「ほら、大きいのが採れたよ」とナゼか嬉しそう。
まだ小さかったオレは、そんな母さんの膝枕が大好きだった。

ここまで読んでお分かりだろう。

沖縄で「トタン張りの家」の歌詞を見た時、平野壮はオレのガキ時分を見てきたんかい!とツッコミたくなるような内容で、ビックリしたと同時に、コイツも似たような環境にいたんだなぁ・・・と、感慨深かった。

現に、ヤツのお母さんもヤクルトおばさんだったらしく、二人で誰も知らんヤクルトラーメンの話で盛り上がったっけ・・・。

オレは18歳で家を出てから、朝メシなんぞ食べない生活。
しかし、ナゼか味噌汁があれば食べれる。
これも一つのトラウマってヤツに入るんかナ。

因みに、オレの母さんはまだまだ元気。
だって、まだ若いもの。

がきおやじ復活ライヴのビデオを楽しみに待ってるそうな・・・。


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がきおやじ | 02:59:21 | Trackback(0) | Comments(6)

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